日本国憲法 第3版 松井茂記 有斐閣

日本国憲法 第3版

 

著:松井茂記 版:有斐閣 2007.12

 

title出版社による公式説明等

従来の実体的憲法観の分析・検証を踏まえ,新たな視点=プロセス的憲法観にたって,日本国憲法の新たな読み解きを示す。憲法解釈の在り方及び法的推論の方法を習得し,現代に生起する様々な憲法問題を考える力量養成の必要性を説く著者渾身のメッセージ。

 

 

プロセス憲法観。憲法訴訟の章が冒頭にあり、人権条文の意味よりも先に違憲審査の枠組みを設定する。いわば争いの体系を軸にして、その中に統治のメカニズムと人権条項を位置づける。考えてみると、司法試験の出題の大半は、「ある人の人権が侵害されたときにどのようにして争っていくか」を問うものだから、この本の解説の仕方が司法試験向きだ。憲法は、教科書の抽象論と具体的な紛争当事者の言い分とが結合しにくい。この本は、争いの体系の中に統治システムと人権条項を入れ込んであるので理解が加速するだろう。


 具体的にみておく。まず、憲法訴訟の枠組みから教える。つまり、違憲主張の適格や憲法違反かどうかの基準(違憲審査基準)について説明する。そこでは違憲審査基準が明確に整理されていて、「厳格に審査する」「緩やかに審査する」等の意味が非常によくわかる。やむにやまれぬ公共的利益とはいったいどのような利益状況なのか、必要最小限の制約とはどの程度のものなのか。次に、国民主権原理と民主主義の統治システムが説明される。 最後に、人権論を分類して整理する。その分類にプロセス憲法観の特徴が現れる。1.民主政治に参加する権利(参政権、平等権等)、2.政治参加のプロセスに不可欠な権利、政治参加に関係のある権利(表現の自由、知る権利、各精神的自由権等)、3.民主政治のプロセスに関係のない権利(社会権や刑事手続き保障等)に分けられる。各々のところで、人権の意義を語り、当該人権の制約についてはどのような基準で違憲審査するべきかを明示的に書かれている。審査基準のところは多くの教科書がぼかして明示しないので、良い意味で異質。

 

 さて、いわゆる二重の基準論には、根拠がいくつかある。一つは、精神的自由権の重要性、人権カタログ上での優越的地位。また一つは、裁判所の審査能力の限界と立法府の裁量判断の尊重、そしていま一つは、民主政の過程論である。民主政の過程論から憲法全体を説明するのが本書の立場だ(プロセス憲法観)。

 プロセス憲法観を具体的にみておく。経済的自由権は民主政の過程で回復できるから、自由を規制する立法であっても緩やかな基準で審査すればよい。しかし、精神的自由権はひとたび傷つけられると民主政のプロセスで回復できないので、規制立法は厳格に審査すべきことになる。非常に説得的である。憲法では判例学習は不可欠。本書は判例引用も多く、かつ、別フォントでそれとわかるよう引用してありビジュアル的配慮もグッド、読みやすい。

 

 注意点。ただし、プロセス憲法観を原理的に貫くと、民主政のプロセスで回復可能でありさえすれば審査基準は緩やかでよい、となりかねない。また、たとえばプライバシーを侵害する立法があっても、それは民主政のプロセスとは直接関係がないので緩やかな基準で審査すればよい、となってしまう。このようなクリティカルな批判がありプロセス憲法観だけですべてを説明するのは通説的ではない。
 また、そもそも論として通説は、憲法の目的は人権保障にあり、民主主義や三権分立も人権保障のための仕組みだと考える。人格的自律や精神的自由権等にはそれ自体に実体的価値があり、国家権力はそれを侵してはならない、となる。つまり、そもそも憲法というのは実現されるべき価値を宣言している、と考えているわけだ。本書の立場は異なる。基本的人権と統治システムは、両方とも、民主政の過程を維持・発展するために守るべき手続的なルールであると考える。つまり、そもそも憲法は「民主政の過程」を保障しようとするものだと考えている。