岩波新書 会社法入門

岩波新書 会社法入門

著:神田秀樹 版:岩波書店 2006.4

岩波新書 会社法入門 流石。これから会社法を始めるという全くの初学者の方や、いまひとつ会社法のイメージがわかない方にも良い。一般の方向けに書かれている岩波新書だから難解なところはありません。これだけコンパクトにまとまった会社法の入門書が読めるのは幸せです、さすが神田先生。
 社会・経済界の動きの中に、新会社法の法規整を位置づけるような読み応え。一回読んだだけで結構記憶に残る不思議な感覚があります。

 

会社法入門 岩波新書1005 神田秀樹 著

はじめに

 「会社法」という新しい法律が2005年7月に公布され、2006年5月に施行される。本書は、この会社法が制定された背景と内容のポイントを解説するものである。
 会社法は会社の基本法といわれるが、私たち一般の市民にはなじみにくい法律である。それは、「会社」というと、普通は働くところだというイメージがまず浮かぶからではないかと思う。そして、会社で働くヒトは一般には「従業員」といい、働くことに関して規定している法律は、会社法ではなく、労働法という法律である。会社法には、従業員はほとんど登場しない。そこが会社法になじめないところであろう。

 では、会社法は何を定めているのか。その詳細は第1章以下で述べることとして、ここでは、本書を貫く私の問題意識を述べてみたい。
 日本経済は企業法制と株式会社法制の抜本的な改革が必要であったが、いろいろな事情でその実現は大幅に遅れてしまった。しかし、今日、それがようやく実現しはじめたという状況にある。バブル経済が崩壊した1990年代を「失われた10年」と呼ぶが、その後も、日本経済は元気を取り戻すことができず、不況が続いた。デフレ経済下にあって、株価は低迷し、金融機関の不良債権処理も進まず、見えない状況が続いた。その間、政府も緊急経済対策を毎年発表し、その実現へ向けて努力した。その結果もあって、ようやく2005年頃から日本経済の再生が見え始めてきたように思われる。
 言うまでもないが、最大の「株価対策」は日本の企業と金融機関の双方が収益をあえることである。収益が上がらなくては株価は上がらない。日本経済の再生と将来の持続的な発展のためには、日本企業が今後収益を上げていくことをサポートするような企業法制と株式市場法制の抜本的な改革が必要である。
 法は、社会・経済の重要な制度的インフラストラクチャーのひとつである。特に経済活動に関わる分野の法は、国の経済発展をサポートすべき存在であって、それを妨げるようなことがあってはならない。しかし一方、法の宿命として、特に制定された法律は、改正をしないかぎり変わらない。そのため、国の経済のあり方が変化していくとき、過去に制定された法律が妨げとなってしまう場合が少なくない。法律はそのままにして、その解釈である程度対応できる場合もあるが、社会や経済の変化に伴って、法律そのものの改革を果敢に行わなければならないときもある。このことは、先進諸国の経験に照らしても明らかである。

 日本の場合、近年、経済に関わる基本的な法律についてもようやく改革の気運が高まった。例えば、会社更生法など倒産関係の法律についてはかなり大胆な改革が行われた。これに対して、法の改革が遅れ気味であった分野が、企業法制と株式市場法制である。
 1990年代には、株価が低迷すると株価対策とか株式市場対策などが声高に叫ばれ、対処療法的な対策が打たれてきた。こうした場当たり的な対応が成功しなかったことは、この間の経緯から明らかである。そのためか、2001年3月に公表された政府の緊急経済対策では、それ以前のものとは異なり、株価対策といった発送とは一線を画し、株式市場活性化のためのより根本的な方策が提言された。その中には多くの法改正事項が含まれていた。金庫株の解禁(自己株式取得規制の緩和のこと。2001年6月改正で実現)、銀行の株式保有の制限(2001年11月の「銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律」制定とその後の自己資本比率規制の改正で実現)など枚挙にいとまがないほどであった。
 しかし、繰り返しになるが、最大の「株価対策」は、日本の企業と金融機関の双方が収益を上げることである。日本の企業と金融機関の双方が将来に向かって収益を上げる見通しを示し、これを市場に伝えることこそが、もっとも求められるべきことである。したがって法制面では、日本の企業が今後収益を上げていくことをサポートするような企業法制と株式市場法制の思い切った改革が必要である。
 会社法が制定されるまで、日本における会社についてのルールは1899(明治32)年に制定された「商法」という法律に含まれていた。日本の商法は明治時代にドイツ法を参考に制定され、戦後アメリカ法の影響を受けて大きな改正がなされたが、その後も頻繁に改正が行われてはきた。とくに激変する企業環境の中で、1999年以降は毎年改正がなされてきた。このほか、「有限会社法」(1938年制定)という法律や、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」(1974年制定)といった法律もあった。今般の「会社法」は、商法の会社の部分を取り出し、これらの特別法も全てまとめて、一つの法律に統合した。そして、これまで片仮名文語体であった法律の条文は平仮名口語体となり、また法律の内容も規律の実質も一新し、二十一世紀にふさわしい会社の基本法が一応完成した。

 日本の株式市場についての法制も改革が必要である。
 株式市場が活発でなくては、企業は資金の効率的な調達ができない。1400兆円とも言われる個人金融資産の半分以上が二十一世紀入ってもなお預貯金に預けられ、ゼロ金利時代になってからこの預貯金の割合が更に高まったという日本は不思議な国である(ようやく最近変化の兆しが見られる)。それだけ株式市場への国民の信頼がない国である。日本と同様に銀行の存在が大きく株式市場の規模が小さかったドイツは、ここ数年株式市場の改革を断行し、その株式市場は急速に拡大しつつある。個人投資家の割合も急速に増えている。日本では、「損失補填」とか「飛ばし」などといった悪いイメージから未だ脱却できず、株式市場の本当の魅力が国民に全く伝わっていなかった。2004年頃からようやく株式市場も活況を取り戻し始めた。「敵対的企業買収」とか「投資ファンド」の活躍とった従来日本では想像もできなかったようなことも次々と生じるようになった。しかし、本書を脱稿する直前には、詐欺的な取引の発覚や証券取引システムの障害など、株式市場への信頼を大きく揺るがすような事態が派生し、先行きは不透明である。株式市場は自由な市場であることを基本としながらも厳しい倫理と規律が求められる、国にとっての重要な財産である。どのような市場であれ、その基本はそこに参加するヒトにある。残念ながら、そういう基本的なところが未だに本には根付いていない。
 このような株式市場について法がなすべきことは、その信頼の回復・確保である。公正さと透明さを法が守り抜かねばならない。そのためには、相場操縦やインサイダー取引その他の不公正な取引を法が厳しく監視・禁止し、受託責任(業者が顧客に対して負う義務のこと)を法が厳しく問うなど、法がもっと前面に出る必要がある。アメリカのSEC(連邦証券取引委員会)のような強力な万人が必要であり、日本の証券取引等監視委員会(1992年設置)はその活動をいっそう強化する必要がある。このような条件を速やかに整え、他方では、新しい金融商品の開発や市場参加者の「正当な」活動を事前に制約するような規制は、撤廃することが妥当である。
 株式市場を含めた資本市場分野の基本法は「証券取引法」という法律である。この法律は1948年に制定され、その後も、とくに近年は頻繁に改正がなされてきた。しかし、会社法と同様、抜本改革が必要である。ただし、会社法とは法の理念が異なることに注意しなければならない。会社法とは別に「独占禁止法」という法律があるのと同様に、証券取引法は会社法とは別に株式市場を含めた資本市場を活性化するとともに詐欺的行為を厳しく監視・禁止する法律である。ようやくその改正の機運が高まり、2006年3月には、証券取引法を改組する金融商品取引法案が国会に提出された。

 本書の構成は、次のとおりである。第1章は、今般成立した「会社法」の歴史的背景を述べる。第2章から第4章までは、会社法の内容の概説である。これらの章では、最初の第1節でそのポイントを述べる。第5章は、最近の出来事や世界の潮流など、少し広い視点から会社法を眺めなおして、将来を展望する。
 会社法をまずざっと理解したい読者の皆さんには、第1章、第2章から第4章までの各第1節の部分、そして第5章を読むことをお薦めする。

もくじ
   第1章 なぜ、いま新「会社法」か
   第2章 株式会社の機関
   第3章 株式会社の資金調達
   第4章 設立、組織再編、事業再生
   第5章 会社法はどこへいくのか

あとがき
 今回の「会社法」とその委任を受けた法務省令に接して、私はその条文の量の多さにただただ圧倒されるとともに、二つのことを感じた。
 一つは、こうした膨大な量の条文をまったく新しい平仮名口語体で書き上げるには、能力と根気に加えて、相当の気合いを必要とする。その意味で今回、法務省が並はずれてモチベーションの高い立法担当官の人々に恵まれたことは、歴史的に見て実に幸運であったと言うことである。
 ただ、一方で、これは大学で授業をしてみての感想であるが、今回の会社法の条文を日本語として読むことだけでは、実際のイメージをつかむのは難しい上、その内容もよく理解できなと思われることである。会社法の条文を読み始めてしばらくして、私には数学の歴史が思い浮かんだ。ゼロの発見にせよ、あるいは一七世紀の微積分革命にせよ、それは言語(数学言語)の革命でもあった。新しい会社法の条文は二一世紀にふさわしいルールを書ききろうとしたときの日本語という言語自体の限界を示しているように思う。数学と同様の言語革命を伴わない限り、条文の言葉としての分かりにくさは改善できないだろう。こうした点が人類の歴史の中で将来どのようになっていくのか、私には非常に興味深い。
 いずれにせよ、2005年という年に新しい会社法が制定されたことは、歴史的には偶然であると同時に必然でもあった。これが私の月並みな感想であり、本書で述べようとしたことである。
 会社法は、本書刊行の直後に施行される。会社法が成功するかどうかについては、正直なところ未知数である。今後、実務での様々な経験を通じて、数年後、あるいはさらにその先になってから、歴史が答えを出してくれることになるだろう。
 本書については、岩波書店の伊藤耕太郎氏に企画について貴重な助言と配慮をいただき、岩波新書編集部の太田順子氏に内容と表現の双方について細かな点に至るまでお世話になった。厚く御礼申し上げる。

 2006年4月 
     神田秀樹